横浜地方裁判所 昭和29年(ワ)729号 判決 1955年10月04日
原告 神奈川興業株式会社
被告 国
訴訟代理人 関根達夫 外五名
理由
一、成立に争のない甲第三号証によれば、原告はもと北辰航空兵器株式会社と称し、昭和二十一年三月十五日商号を変更した事実が認められ、成立に争のない甲第二号証、同第四号証の一、二、証人中村辰雄の証言によれば、原告は、昭和十九年三月二十八日本件家屋を訴外中村楠太郎より買受け、同月二十九日所有権移転登記をなした事実が認められ、成立に争のない甲第一、二号証、同第四号証の二、及び原本の存在並びに成立に争のない乙第四号証の二を綜合すれば、原告は訴外中村楠太郎より、本件家屋を所有する目的で、賃料一ケ月金百円、期間昭和十九年三月二十九日より差当り五ケ年の約定で、本件家屋の敷地である本件土地を借受けた事実が認められる。而して右期間は、本件土地賃貸借契約が堅固でない建物所有を目的とするものであるから、借地法第二条、第十一条により、昭和十九年三月二十九日より三十年となり、結局昭和四十九年三月二十八日迄となることが明らかである。
二、被告は、右賃貸借契約が当事者間の合意により解除された旨主張するが、原本の存在並びに成立に争のない乙第四号証の一、二、によつては、いまだもつて当事者間で右賃貸借契約が合意解除されたものとは認めがたいし、他にこれを認定すべき証拠もないから右抗弁は採用しがたい。
三、本件家屋が昭和二十年五月強制疎開で除却されたことは当事者間に争がないが、被告は、原告が右強制疎開の補償料を受領し、右補償料中には借地権に対する補償も含まれるから、本件借地権は右強制疎開の際か、或いは被告が補償料を受領したときに消滅したと主張するので、按するに、成立に争のない乙第二号証、証人倉方幸夫の証言によれば、原告が右強制疎開の補償料を受領した事実は認められるが、右補償料中に、借地権に対する補償も含まれていたとの心証を得べき証拠はない。却つて、証人和田秀文同前場勇次、同小草秀夫の各証言を綜合すれば、強制疎開補償料の算定にあたり、強制疎開の初期においては、一戸毎に調査して借地権に対する補償も配慮していたが、本件家屋が除却された第九次強制疎開の当時には、単に建物の賃貸価格の倍数で決定された事実が認められ、建物の敷地の借地権は、戦局急迫のため顧みられなかつた消息を窺知することが出来るから原告が借地権の補償料を受領したから借地権が消滅したとの被告の抗弁も採用しがたい。
四、本件土地がもと訴外中村楠太郎の所有であり、同人が昭和二十四年一月十八日死亡し、訴外中村辰雄が相続により所有権を取得し更に右辰雄が昭和二十五年十二月四日税金のため物納したので被告の所有となつたこと、及び本件土地が昭和二十年占領軍に接収されたが、接収解除により昭和二十八年五月二十日所有者である被告に引渡されたことは当事者間に争がない。
五、右の通り原告は、本件家屋が強制疎開により除却された当時から引続き、本件家屋の敷地であつた本件土地の賃借権を有するから、昭和二十五年十二月四日本件土地の所有権を取得した被告に対抗することが出来るものである。
六、以上の理由によつて、その他の点について判断するまでもなく、原告の請求は正当であるから認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 地京武人)